【読書/ミステリー】① QED伊勢の曙光 を読んで

レペゼン紀の国トムです(^o^)!

古代ミステリー探検、QEDシリーズのメモ編!!

今回は、高田崇史さんのQED 伊勢の曙光』のメモ書きです!!

 

 

まずは、

伊勢神宮天照大神をめぐる三十の謎ということで・・・少し無理矢理感もあるが笑

①何故、内宮より後に建てられた外宮から先にお参りするのか。
②何故、祭祀も外宮の方が先 -外宮先祭なのか。
③何故、外宮の様式は『男千木(おちぎ)』で、鰹木も奇数本なのか。 これは男神を祀っていることになるが、祭神は豊受大神-明らかに女神である。
④何故、五十鈴川を渡ってから下るのか。
⑤何故、外宮・内宮共に参道が九十度折れているのか。 天皇家の祖神が怨霊だというのか。
⑥何故、天皇は明治の御代まで公式参拝されなかったのか。
⑦何故、明治になって突然公式参拝されたのか。
⑧何故、鳥居に注連縄がないのか。
⑨何故、狛犬がいないのか。
⑩何故、賽銭箱がないのか。
⑪何故、神殿正面に鈴がないのか。
⑫何故、本殿正面に蕃塀が建てられてるのか。
⑬何故、興玉(おきたま)神をそれほどまでに祀るのか。二見浦に祀られている猿田彦命のことである。
⑭何故、崇神天皇の時代、倭姫巡幸で二十四ヶ所も転々としたのか。その資金は一体どこから捻出されたのか。
⑮何故、当時住みづらかった伊勢に落ち着いたのか。
⑯何故、五百年も経ってから豊受大神が呼ばれたのか。
⑰何故、二十年に一度、遷宮を行うのか。
⑱何故、伊勢参りにあれほど多くの人々が熱狂したのか。
⑲何故、伊勢白粉が梅毒に効くといわれるようになったのか。
天照大神は、本当に女神だったのか。
天照大神は、蛇だったのか。
天照大神は、『かはく』 『河童』だったのか。
天照大神は、天岩戸で殺害されたのか。
天照大神は、本当に天皇の祖神だったのか。
天照大神は、何者なのか。
天照大神は、卑弥呼だったのか。
天照大神と、天照国照彦天火明櫛玉饒速日命との関係は。
天照大神と、持統天皇の関係は。
天照大神は、本当に伊勢に祀られているのか。
㉚そもそも『神宮』とは何なのか。

 

メモ

・天岩戸神話は男神アマテル殺害と女神アマテラス再生を語る 恣意的な本末転倒物語

・アマテラスは最初からアマテラスと主張したかったのでは

 ニギハヤヒ猿田彦のアマテル、邪馬台国卑弥呼ではないと

記紀邪馬台国卑弥呼が載っていないのは、朝廷にとって残したくない人なのでは

邪馬台国ニギハヤヒ猿田彦のような男が死んで、彼を祀っていた巫女が女王になったのでは

天照大神男神 スサノオと戦うとき男性の髪型に 伊勢神宮へ献上される服は男性用

 オオヒルメとは日巫女

・三輪流神道の奥義 三輪と、太陽神・天照大神を祀る伊勢は一体分身である

・アマテルとしてのニギハヤヒ猿田彦邪馬台国卑弥呼は日本の歴史の中で埋没させられた

 ほとんど力を持たず朝廷を追放され各地を転々としたオオヒルメがアマテラスとして残った

邪馬台国卑弥呼と重なるアマテルのニギハヤヒ猿田彦がアマノウズネら朝廷側に殺害され怨霊となっているとすると、その鎮めるひとが必要に

・『古事記』の素性は怪しい 歴史書続日本紀』に成立の記載がない

 序文に、天武天皇の言葉

記紀に 伊勢神宮についての記載がない

・外宮創建の由来もない 雄略天皇時代 丹波から食事の神として豊受大御神を呼んだ話 9世紀の書物に初見

・おそらく伊勢神宮文武天皇698年12月29日に創建されたのだろう

・その頃の我が国には、アマテルのニギハヤヒ猿田彦しかいなかった。それが、天智天皇以降、天武・持統天皇のときにアマテラスが台頭してきた。そして宗教権威の基盤として伊勢神宮の造営と祭司が完備された。

持統天皇は現人神の天武天皇の妻:日女 その日女が天皇

・アマテルのニギハヤヒ猿田彦のもとにいた巫女がアマテラスになった。その図式をトレースして、

天武天皇のもとにいた持統天皇が神になった

持統天皇がアマテラスのモデル

 ①諡号が703年の条『続日本紀』では「・・・・日女尊」が、720年『日本書紀』では「高天原・・・」となっている。神へとなったことを示す。

 ②天孫降臨にて自分の孫の文武天皇に地位を譲るために、神話でもアマテラスが孫に地位を譲る話を作った。

 ③持統天皇即位式での拍手が「八開手」。現在の伊勢神宮神職で継承されている。

伊勢神宮禰宜の交代

 天武天皇のときに宮司禰宜をおく。宮司に中臣氏、禰宜に渡会氏。

 →持統天皇のとき、渡会氏は豊受大神宮禰宜に:外宮。  皇大神宮禰宜に荒木田家:内宮。

豊受大神宮 『海部氏系図』では奥宮真名井神社の磐座の主座は豊受大御神で宇宙の最高神

       『丹後国一宮深秘』によると天照大神豊受大御神丹後国にいた。籠神社境内はずれの古い碑文に「天照坐豊受皇太神宮」。

       →アマテル(ニギハヤヒ)が外宮にいる

       地主神で怨霊のニギハヤヒ猿田彦から先に詣る、外宮先祭

・内宮 奥の向かって左に「興玉神」(=猿田彦

伊勢神宮に5つないものが→鈴がないのは、朝廷からして自分たちが猿田彦から奪ったスズを思い起こさせるため

持統天皇の時に禰宜の交代

 従来は内宮:度会 外宮:中臣 → 内宮:荒木田 外宮:度会

 祭神自体も交代しているのではないか

・もともと内宮に「日神」である男神を祀ってたが、持統天皇の時代に、内宮の祭神を女神に変え、この女神と女帝を重ねたのでは

・地元の人々に信仰されていたニギハヤヒ猿田彦の簡素な祠が内宮から追われ外宮へ(外宮が創建された)。内宮へは正体不明のオオヒルメが連れてこられた。そこで、皇室の祖神という名目で、アマテラスが創造。

 しかしこの神はあくまでも持統天皇のレプリカなので、祭りなどは外宮からという慣習がのこった。ニギハヤヒの名前を隠すために、丹後の豊受大御神の名称を拝借した。

天皇家は「アマテラス」を祀らなかった。得体の知れない神様だったから。

・しかし、明治天皇が初めて公式参拝をした。

以上

 

別記事で書いた卑弥呼の葬祭-天照暗殺-』の内容とリンクしています!

伊勢神宮の内宮・外宮のこと、ニギハヤヒ猿田彦について、とても面白い内容でした!!